第二十四号 愛する人へ
「心…お母様は大人で大きいけれど
お母様のお心は小さい
だってお母様は言いました
小さい私でいっぱいだって
私は子供で小さいけれど
小さい私の心は大きい
だって大きいお母様でまだいっぱいにならないで
色んなことを想うから」
この詩は、金子みすゞさんの作品の中でも、私の一番好きな詩です。その理由は、母親の愛の大きさがわかりやすく描写されているからです。
親の愛とは、偉大なものだと思います。私の読んだ本に「無条件に与える愛こそが、本当の愛だ。」と書いてあったのが思い起こされます。親が子供を想う愛、それ以上に見返りを求めない愛は、祖父母が孫に与える愛こそ全く何も求めない本当の愛ではないでしょうか。
そんな素敵な愛を私も持ちたいと思うのですが、まだまだ未熟な私がいます。それは一生の課題です。
最初の詩は、そんな愛とは程遠いですが、『愛』をテーマに書いてみました。
大切な人を想う愛、友を想う愛、自然界を想う愛などなど…共感していただけたなら幸せです。どうぞ読んでみてください。

〈夏の終わりに〉

ある土曜の朝
思い切り窓を開けると
いつもと同じ陽光に包まれた
国リハの森は匂い立つ
夏の終わりに
心が揺れて
カッコーの声に目を覚ます
昨日よりゆったりとした時が流れ
水の冷たさに
胸を清かな風が吹き抜ける
ベランダで両手を突き上げ
暖かな息吹に身体を任せば
僕の心は遠近を行く
・・・・
季夏の香りに心を清ませば
朝陽に抱かれて
洗濯物は白く輝き
風を含んで 右へ左へ
気持ち良さそうに揺れている
秋のとなりに
今僕は生きている
小鳥は 丸で
行く夏を惜しむが如く
喋々喃々と 愛を囁き
やがて上空では
悲悲 嬉嬉が交差し
空高く青さが極まる
夏の終わりに
一つの人生が歩みを止める
力強い蝉の声は
優しさあふれる虫の音色に変わり
郷愁を誘うツクツクボウシは
沈む夕日に溶けて行く
・・・・
七転八起(シチテンハッキ)な人生から
見えるのは雨夜の月
僕の心で響くのは
宇宙の鼓動
ただ宇宙空間に身を預ければ
地図無き道さえ
見えてくる
天つ風に乗せ
貴方に届けよう
あふれる想いと
満ちる愛

※季夏(きか):夏の末、晩夏。
国リハ(こくリハ):国立障害者リハビリテーションセンター

▽夏が終わるころになると、なんとなく人恋しくなりませんか。夏の大好きな私は、秋が間近になると何となく寂しい気持ちになるのです。
ところで、私はホームシックとは無縁な男性でした。何をするにも一人が好きで、妻と付合っている頃も、結婚してからも、映画やドライブなどにはひとりで行っていました。
ところが、国リハで学び始めて半年ほど過ぎ、冷たい風が吹き始めると、無性に妻や北国岩手の友人に会いたくなったのでした。暇さへあれば、所沢の空の下、北国岩手にいる妻や親しかった人のことを考えたり、友と話したことや一緒に過ごしたことを思うのです。今までに経験したことのない感情でした。これこそが、ホームシックなのでしょうか?
そんな気持ちを詩にぶつけてみました。
これを読んでくださる人たちへ「愛をこめて」送ります。
今自分で読み返してみると歯が浮きそうな詩ですが、あなたの最も愛する人があなたに向けて、ゆったりとしたリズムに乗せて歌っている様子を、思い描きながら読んでください。

<愛する人へ>

グラウンドに流れる緑の風は
悲しみも涙も
優しさに変えてしまう
愛する君へ
今だからこそ伝えたい
地を這う風に
愛を見失い
五月の光に
心は乱れ
地球を包む星々に
愛を見て
五月の空に
心は引かれ
涙に流そう
昨日までの夢を
五月の風に
身を任せば
風は響き
愛は玉響揺れる
流れる雲は
涙を誘い
子供たちの声が
想い出をかきたてる
・・・・
遠く離れていればこそ
せめて想いを届けたい
愛は光でラッピング
言葉は優しさに乗せて
勇気を出してみよう
愛する心を持って
君に送ろう
溢れだす祈りを
・・・・
八月の森に
耳を純ませ
心に刻もう
地球の息吹
八月の風に
想いを乗せて
夢見てみよう
胸を張り
八月の太陽に
心を溶かし
君の住む街まで
ひとっ飛び
空の青さに光る雲
夕焼けは涙を染めて
星は 歌い踊る
そうして
月の面に君を見る
・・・・
九月の雨に
心を任せ
九月の月に
微笑んで
九月の朝に
涙が光
九月の光に
両手を広げ
九月の風に
心は揺れて
九月の夕日に
笑顔が溶けて
流した涙は
星の露
君に誓おう
明日の愛を
・・・・
グラウンドに流れる緑の風は
悲しみも涙も
優しさに変えてしまう
愛する君へ
今だからこそ 伝えたい
君は僕の
最高の喜びであることを
遠く離れていればこそ
覚えていてほしい
瞳を濡らす涙は
やがて君への愛に変わることを

▽五月は希望に胸膨らませていたころで、八月は国リハ生活をただただ楽しんでいたのでした。ところが、九月に入ると無性に故郷が思い出され、北国に住む妻や友のことが脳裏に浮かぶのでした。
全く違う土地で暮らすという機会から、改めて家族や友人のありがたさを教えてもらったように思います。
国リハでの寮生活は、三年生の一学期までは、12畳の部屋に二人で暮らしていました。その後、三年の夏休みなってその広い部屋での一人暮らしが始まったのです。
一年生の時の相棒は気の良いやつで、弱視で白杖なしで歩き回れるくらいだったので休みの日には二人でよく出かけていました。例えば、季節の祭りや、餃子のおいしい店、カレーのおいしい店などには良く行きました。外食と言えばラーメン屋か蕎麦屋だった私にとって、おろしポン酢で食べるとんかつ屋さんはとても新鮮でした。それから、おいしいお好み焼き屋さんには、四柱推命を見てくれるお母さん(当時八十歳でした)がいて、時々運勢を見てもらいました。
しかし、二人で遊びすぎた為なのか?その相棒は単位が取れず留年してしまいました。それで、二年生になると部屋の相棒が変わったのです。その相棒は打って変わって神経質で、身体も弱かったためか、椅子のきしむ音がしても「うるせえな!」と怒り出す始末でした。それから、ひとり部屋になるまでは我慢を重ねたのでした。
それもこれも良い思い出の一つになりました。
そんな想い出の数々が、人生に厚みを加えてくれるのですね。
今回は、私自身でさえ不似合いだと思える『愛』をテーマにした詩でしたが、実は誰でもが心に持ち合わせているものですね。
今後も、『愛』をテーマにした詩を紹介したいと思います。
ありがとうございました。
石田眞人でした